
T.156 B.80() W.58 H.85
1982年、テレビ朝日の人気番組『欽ちゃんのどこまでやるの!?』で、『萩本家3人娘』が成長していったのをきっかけに登場するユニットわらべの「かなえ」役で芸能界にデビュー。その後、ソロのアイドル歌手として『プロフィール』、『ある愛の詩』、『卒業』、『六月の花嫁』ほか計10枚のシングルをリリースした。『卒業』は、1985年に倉沢と尾崎豊、斉藤由貴、菊池桃子の計4人が同名曲をシングルリリース、競作となり大きな話題を呼んだ。倉沢の曲が 4人の中では最も売れなかったが、卒業式シーズンになると、現在でもいわゆる“卒業ソング”が、毎年発売されるきっかけとなった。デビュー曲『プロフィール』は、その名の通り倉沢の生年月日、身長、性格、身体的特徴などを歌詞に盛り込んでおり、16歳という年齢を盛り込んだ松本伊代のデビュー曲『センチメンタル・ジャーニー』と同様、歌手のプライバシーが盛り込まれた曲として一部で話題になった。ソロデビュー直後の1984年4月上旬、札幌市内で行われたサイン会で、見知らぬ人物から刃物で斬り付けられ、軽傷を負った事件があった。学研発行の学習雑誌で、料理コーナーの連載を持っていたことがある。現在はオーストラリア人男性と結婚して渡豪。専業主婦のかたわら、時折わらべの再結成でテレビ出演している。3児の母でもある。